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名古屋地方裁判所 昭和56年(ワ)3730号 判決 1984年7月24日

原告 滝沢俊明破産管財人近藤倫行

被告 株式会社中部機材

右代表者代表取締役 紙島正人

被告 紙島正人

被告 柴田定久

右被告ら訴訟代理人弁護士 島田芙樹

右訴訟復代理人弁護士 松川正紀

主文

一、被告紙島正人は原告に対し、別紙物件目録(二)記載の物件の引渡をせよ。

右引渡不能の時は同被告は原告に対し、同目録認容額欄記載の金員の支払をせよ。

二、被告柴田定久は原告に対し、別紙物件目録(三)①、②記載の物件の引渡をせよ。

右引渡不能の時は同被告は原告に対し、同目録認容額欄記載の金員の支払をせよ。

三、原告の株式会社中部機材に対する請求並びに同紙島正人及び同柴田定久に対するその余の請求をいずれも棄却する。

四、訴訟費用は原告の負担とする。

五、この判決は、主文第一項及び第二項に限り仮に執行することができる。

事実

原告は、

1. 原告に対し、

(一)  被告株式会社中部機材は金二六五万円及びこれに対する昭和五七年一月一五日から、

(二)  同柴田定久は金一〇〇万円及びこれに対する右同日から、それぞれその支払の済むまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2. 被告紙島正人及び同柴田定久は原告に対し、別紙物件目録(一)記載の物件の引渡をせよ。

右引渡が不能の時は右被告らは各自原告に対し、同目録「時価」欄記載の金員の支払をせよ。

3. 被告紙島正人は原告に対し、別紙物件目録(二)記載の物件の引渡をせよ。

右引渡が不能の時は右被告は原告に対し、金三〇万円の支払をせよ。

4. 被告柴田定久は原告に対し、別紙物件目録(三)記載の物件の引渡をせよ。

右引渡が不能の時は右被告は原告に対し、同目録「時価」欄記載の金員の支払をせよ。

5. 訴訟費用は被告らの負担とする。との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因及び抗弁に対する認否として

1. 訴外滝沢俊明は昭和五四年六月頃から愛知県知多郡武豊町で滝印刷という商号で印刷業を営んでいたが、昭和五五年七月三一日に一回目の、同年八月一九日に二回目の手形不渡を出して銀行取引が停止され、遅くとも右八月一九日には支払停止の状態となった。

2. 滝沢俊明は同年一一月二一日午前一〇時、名古屋地方裁判所半田支部において破産宣告を受け、原告がその破産管財人に選任された。

3. 被告株式会社中部機材及び同柴田定久はいずれも滝沢の債権者であるが、滝沢が支払停止となったことを知りつつ滝沢から次の通り弁済を受けた。

被告中部機材

昭和五五年八月三〇日 一六五万円

同年九月五日 一〇〇万円

合計二六五万円

被告柴田

同年八月二一日 二〇万円

同年九月五日 八〇万円

合計一〇〇万円

なお右弁済の日時につき、被告らの自白の撤回には異議がある。

4. 右弁済は破産法第七二条第二号に該当する行為であるから、原告は被告らが支払を受けた弁済行為を否認し、被告らが受領した金員及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日(昭和五七年一月一五日)から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

5.(一) 別紙物件目録(一)ないし(三)記載の物件はいずれも滝沢の所有であるが、昭和五五年一〇月二三日頃、被告紙島及び同柴田は共同して同目録(一)記載の、同紙島は同目録(二)記載の、同柴田は同目録(三)記載の各物件(以下「物件」(一)、(二)、(三)と表示する。)をそれぞれ滝沢方から無断で搬出した。

よつて原告は右物件の所有権に基づいてその引渡(仮にこれが不能である場合にはその目的物の時価額である物件目録「時価」欄記載の金員の支払)を求める。

(二)  仮に右搬出について滝沢の承諾があったとしても、右行為は破産法第七二条第二号、第四号、第五号に該当するので、原告はこれを否認する。

6.(一) 被告らの主張第5項(二)のうち、物件(一)①、③ないし⑦、⑨について被告中部機材がその主張通り滝沢に売却したもので未済代金があること及び右のうち⑨以外の物件について所有権留保特約が付されていたことは認めるが、物件(一)⑨に関する所有権留保特約の存在は否認する。

(二)  同項(三)のうち、被告柴田・滝沢間の売買に所有権留保特約が付されていたとの点は否認し、その余は認める。

(三)  同項(四)のうち、茶谷の工場抵当権設定及び右抵当権の被告らへの譲渡は認めるが、その合意の内容は不知、滝沢の了解があったとの点は否認する。

7.(一) 仮に被告中部機材が一部物件に所有権を留保していたとしても、これは債権担保のためであるから、権利行使のためには対象物件を清算して剰余金を破産者に交付すべきであり、右清算義務と目的物返還義務は同時履行の関係にある。

(二)  物件目録(一)①、③ないし⑦、⑨の物件については総売買代金七〇八万円中破産者は六五〇万円を支払済であるから残債権は約六〇万円に過ぎない。しかるに前記物件は少なくとも三五〇万円余の価値があったのであり、被告らはこのように残債権に比して余りに大きな価値のある物件を清算をせぬまま引き上げたもので、ここで所有権を主張することは権利の濫用である。

と述べた。

被告ら訴訟代理人は、

1. 原告の請求をいずれも棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求め、請求の原因に対する認否及び抗弁として、

1. 請求の原因第1項中、滝沢が昭和五五年八月一九日に支払を停止したとある点は否認し、その余は認める。

滝沢は同年八月一九日以降も取引上の債権者に対し、手形不渡は出したものの営業はあくまで継続し、現金決済で支払ってゆくので協力して欲しい旨申し入れたため、被告中部機材及び同柴田はこれを了承し、昭和五五年九月二〇日まで破産者の注文に応じて資材の販売納入を行なってきた。即ち同年九月上旬の段階では滝沢は未だ営業を継続中で支払停止の状態ではなく、被告らもその営業は当面継続されるものと信じていた。

2. 同第2項は認める。

3. 同第3項中、被告らが原告主張の弁済を受けた事実は認めるが、その余は否認する。滝沢が同年九月初め頃にはまだ営業を継続していたことは前記の通りであり、右弁済は売掛金その他の債権に対する本旨弁済として提供されたのである。

4. 同第4項は争う。

5.(一) 同第5項中、滝沢方から、被告紙島が物件(二)を、同柴田が物件(三)を搬出したことは認めるが、その余は否認する。物件(一)を搬出したのは被告中部機材である。

(二)  物件(一)のうち、①、③ないし⑦、⑨は被告中部機材が、昭和五四年四月一二日、代金合計七〇八万七四四〇円、但し代金完済まで所有権を留保する特約で滝沢に売り渡したものであるが、滝沢はその代金中六五〇万円を支払ったのみでこれを完済していないから、右物件は被告中部機材の所有である。

(三)  別紙物件目録(一)(2)の物件は、被告柴田が昭和五四年五月一一日、代金四〇〇万円、但し右(二)同様の所有権留保特約付で滝沢に売り渡したものであるが、滝沢は右代金を完済していないからその所有権を取得していない。

(四)  滝沢は昭和五五年一〇月頃に至って営業を停止したが、その頃訴外茶谷正一郎という人物から被告らに対し、滝印刷の不動産及び動産一切は全部自分が工場抵当権を有して押えてあるが、物件(一)ないし(三)につき被告らの方で買い取って貰いたい、さもなければ自分の方で適当に処分するとの申入があった。被告らが事実調査の結果工場抵当権設定の事実が判明したので、被告らは右処分による損害を避けるため、訴外茶谷の抵当権を譲り受けることにし、被告中部機材が一〇〇万円を支払って被告紙島名義で、同柴田が一〇〇万円を支払って右茶谷から抵当権の譲渡を受け、滝沢の了解の下に物件(一)ないし(三)を引き取ったのである。

(五)  被告中部機材が引き取った物件の残存価値は同被告の債権額を超えるものではなく、権利の濫用ではない。

と述べたが、後に請求の原因第3項に関する認否につき、

「弁済の受領日時は否認、その余は認める。」に改める。弁済日時も認めると述べたのは真実に反し、錯誤に出たものであるので、撤回する。

と述べた。

証拠関係<省略>。

理由

一、1. まず以下の事実は当事者間に争いがない。

(一)  訴外滝沢俊明は滝印刷の商号で印刷業を行なっていたが、昭和五五年七月三一日及び同年八月一九日に手形不渡を出して銀行取引が停止された。

(二)  滝沢は同年一一月二一日に破産宣告を受け、原告がその破産管財人に選任された。

2. 第一に原告の被告中部機材及び同柴田に対する金銭返還請求の当否から判断する。

滝沢の銀行取引停止処分後(この事実は弁論の全趣旨によって認める。)、同人から、被告中部機材が二六五万円、同柴田が一〇〇万円の弁済を受けたことは当事者間に争いがない。その日時については、被告らの当初の自白を覆すに足りる程の証拠はない(寧ろ被告中部機材の分については、同被告代表者尋問の結果により、原告主張の通りであると認められる。)ので、右自白通りの弁済があったものとして論を進める。もっとも以下の通り、これによって結論が左右される訳ではない。

3. 原告は破産法第七二条第二号に則って右弁済を否認するのであるから、そのためにはまず同号によって、弁済時に滝沢に支払停止の事態が生じていることが必要であるので検討するに、証人都筑正雄及び同滝沢俊明の各証言、被告柴田及び被告中部機材代表者各尋問の結果によれば、滝沢は手形不渡を出した後も滝印刷の再建を目指して顧客の新規開拓はないものの従前の営業は継続し、必要な資金は兄宗弘に仰いで(この旨は被告ら債権者にも話していた。)その年(昭和五五年)の九月末日頃までは取引先への支払も行なっていたのであって、その総額は約二〇〇〇万円以上に上ることが認められる。換言すれば、滝沢は右九月末日頃までは二〇〇〇万円以上の資力を有していたと評価することができるのであって、即ち被告らが原告主張の弁済を受けた段階では未だ支払停止の事態には立ち至っていなかったものと解することができる。通常不渡手形を出して銀行取引停止処分を受けた者は、その時から支払停止に陥ったものと考えられるが、本件の滝沢の場合には、兄宗弘のその後の二〇〇〇万円以上の資金援助という特殊な事情によって支払停止の状態ではなかったと考えられるのである。

従って滝沢に支払停止があったことを理由とする原告の弁済否認行為は失当である。

二、次に原告の被告紙島及び同柴田に対する物件返還請求について検討する。

1. 昭和五五年一〇月二三日頃、滝沢方から、被告紙島が物件(二)を、同柴田が物件(三)を搬出したことは当事者間に争いがない。物件(一)については、被告柴田及び同中部機材代表者各尋問の結果により、これを搬出したのは被告中部機材であると認定する。

従って原告のこの点に関する請求中、被告紙島及び同柴田に対して物件(一)の返還を求める部分はもはや失当であるとせざるを得ない。

2. また物件(一)①及び③ないし⑦の機械類について、これは被告中部機材が所謂所有権留保特約(買主が代金を完済するまで所有権は売主に留保されるとの意)付の上、代金合計七〇八万円余で滝沢に売り渡したものであること、及び滝沢が支払った代金は六五〇万円であって、残金約六〇万円の支払が未済であることは当事者間に争いがないから、右物件の所有者は未だ滝沢ではなく被告中部機材と見るべく同被告はその所有権に基づいて右物件を取り戻し得る筋合であり、従って原告の所有権に基づく返還請求及び破産法第七二条による否認の主張はいずれも理由がない(仮に所有権留保特約の実質は担保的機能を果すためのものであることを重視して、所有権留保売主は取戻権を有さず、単に別除権を有するに過ぎないとしても、別除権者は担保物を破産手続外で処分して弁済に充て得るのであるから、管財人に対して当該目的物の引渡を請求し得ると解すべく、その反面として、管財人が所有権留保売主にその引渡を請求することはできないということになるから、結論としては同一である)。

原告は、所有権留保特約は債権担保のためであるから清算を要するのに被告らは右清算を行なっていず、また残債権額に比して残存価値の大きな右物件を引き上げたのは権利の濫用であると主張するので検討するに、所有権留保特約の経済的機能が債権担保にあることは明らかであるし、売主がたまたま買主の破産という事態によって契約以上の利得を得ることは不当であるから、このような場合、所有権留保売主は当該物件を引き上げるには、又は引き上げた際には買主に対して清算義務を負うものと解するのが相当である。他方右清算を行なうことによって、売主及び買主の間の関係は合理的に処理され得るのであるから、前記物件の売主である被告中部機材が前記物件を引き上げたことないしその清算未了のまま物件を引き上げたことが権利の濫用となることはない。また当該物件取戻と清算金支払が同時履行の関係に立つとも解さない。蓋し、売主が清算金支払義務を負うか、逆に不足分について破産者に対して破産債権を有することになるかということは当該物件の適正な評価の後でなければ明らかにならないことであるだけでなく、物件に対して単に物的担保権を有するのみの別除権者でも破産手続外において法律に定めた方法によらずに目的物を処分できるのであるから、所有権留保特約下においても所有権者の場合の権利はこれを上回って然るべく、清算金の提供をしなければ目的物の取戻ができないとすることは妥当でないと思われるからである。

ところで原告は本件において被告らに対して(但し原告は被告中部機材に対しては、予備的にも物件(一)①及び③ないし⑦についてその引渡を求めてはいない。)抑も右清算金の支払を求めている訳ではなく、右物件の所有権は滝沢にあったとして物件自体の引渡を求めているのであるから、右請求はこの点からしても失当である。

3. 物件(一)②については、これは滝沢が被告柴田から代金分割払の約定で買い受けたものであり、その代金は未だ完済されていないことは当事者間に争いがないが、更に被告柴田本人尋問の結果によれば、右物件は同被告が被告中部機材から所有権留保特約付、分割払の約定で買い入れた上、その代金を弁済中であったことが認められる。してみれば右物件の所有権は当時は被告中部機材にあったことになり、被告柴田の主張する滝沢との間の所有権留保特約は意味をなさない。而して右物件の所有権が被告中部機材にあった以上、同被告は同様に取戻権を有することになり、前記2同様の判断によってこの点に関する原告の主張も採用することができない。

4. 物件(一)⑧、⑨については、本項1で述べた理由により原告の主張を採用しない(これらの物件の所有権が滝沢俊明にあったことは証人滝沢俊明の証言によって認められ、また右物件について訴外茶谷正一郎が有していた工場抵当権を被告紙島において譲渡を受けたというのであるが、被告紙島の右抵当権取得をもって被告中部機材の引渡請求権等の根拠とすることはできないから、同被告らのこの点に関する主張も採用しない)。

5. 物件(二)、(三)については、これらが滝沢の所有物であったことは証人滝沢俊明の証言によって認められ、原告主張通りそれぞれ被告紙島及び同柴田がこれを搬出したことは前示の通りである。右物件が紙島及び柴田が共に譲渡を受けたという訴外茶谷正一郎の工場抵当権の範囲にも含まれていず(成立に争いのない甲第一号証)、また搬出に滝沢が同意したことを認めるに足りる程の明確な証拠はないから、同被告らから右搬出を正当化する他の事由の主張のない本件にあっては、原告の右返還請求には理由がある。

但し右物件引渡不能時の代償請求については、その時価を見極めるに足りる証拠が存しないので、判断を堅実ならしめるため最も低廉な金額を取らねばならない。よってここでは物件(二)につき金一〇万円、物件(三)の両品につき各金一万円の限度でこれを認容する。

三、以上の事実及び判断によれば、原告の本訴請求は主文第一項掲記の限度で理由があることに帰するからこれを認容し、その余は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言については同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文の通り判決した次第である。

(裁判官 西野喜一)

<以下省略>

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